空き家を相続放棄しても管理義務は残る?

相続放棄をすれば、空き家の所有権も借金も引き継がない。残るのは1つだけで、放棄の時にその家を現に占有していた人の保存義務になる(民法940条1項)。
抜ける方法は、次の相続人か相続財産清算人に引き渡すことだけ。清算人の予納金はおおむね100万円程度。2026年7月31日時点の条文と裁判所の案内で確認した。
この記事の目次
放棄で消えるものと、1つだけ残るもの
相続放棄の申述が家庭裁判所で受理されると、その相続については初めから相続人とならなかったものとみなされる(民法939条)。相続で所有権を取得していないので、2024年4月1日に始まった相続登記の申請義務(不動産登記法76条の2)の対象にもならない。
民法940条1項は、放棄した人が放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存しなければならないと定めている。2023年4月1日施行の改正で、義務を負う人は現に占有している人に限られ、義務の終わりは引渡しの時と決まった。
| 項目 | 放棄が受理された後 | 根拠 |
|---|---|---|
| 空き家と土地の所有権 | 引き継がない | 民法939条 |
| 被相続人の借金 | 引き継がない | 民法939条 |
| 相続登記の申請義務 | 対象にならない | 不動産登記法76条の2 |
| 翌年度以降の固定資産税 | 納税義務者にならない | 地方税法343条 |
| 放棄の時に現に占有していた家の保存義務 | 引き渡すまで残る | 民法940条1項 |
| 空家法での立場 | 占有していれば管理者に当たり得る | 国交省・総務省の事務連絡 |
以下は条文と官庁の資料で、2026年7月31日時点に確認できた範囲になる。
現に占有しているとは、どういう状態か
事務連絡は、放棄の時に対象の家屋を現に占有している人は、引き渡すまで保存義務があるため空家等対策の推進に関する特別措置法の空家等の管理者に当たると考えられるとする。占有者に当たるかは個別具体の判断としつつ、例を2つ挙げている。
- 対象の家屋に占有者自身の家財や荷物等を保管している場合
- 対象となる家屋の鍵を保有している場合
遠方に住んでいて長く出入りしていない家は、占有していない側の整理になりやすい。
保存義務は誰に対する義務か。近隣への責任は別の条文から来る
民法940条1項が引渡しの相手として挙げているのは、相続人と相続財産清算人になる。法務省の法制審議会の部会資料でも、放棄した人は相続人(いないときは相続財産法人)に対して義務を負う整理で議論が進んでいる。
建物は土地の工作物なので、民法717条1項が働く。設置または保存に瑕疵があって他人に損害が生じたときは、まず占有者が被害者に対して賠償責任を負い、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは所有者が負う。
| 条文 | 誰に対する義務か | いつまで |
|---|---|---|
| 民法940条1項の保存義務 | 相続人または相続財産清算人 | 引き渡すまで |
| 民法717条1項の工作物責任 | 損害を受けた人 | 占有している間に生じた損害について |
放棄しても占有が続いていれば、940条の保存義務と717条の占有者の位置が同時に残る。
義務が終わるのは2通りだけ
民法940条1項の書き方から、終わり方は2つしかない。
- 次順位の相続人に引き渡す。自分が放棄すると相続権は次の順位へ移る。裁判所の家事手続案内でも、先の順位の相続人がいる場合は、その人の放棄の申述が受理されなければ後の順位の人は申述できないとされている。
- 相続財産清算人に引き渡す。相続人のあることが明らかでないとき、相続財産は法人となり(民法951条)、家庭裁判所は利害関係人または検察官の請求で清算人を選任する(民法952条1項)
法定相続人の全員が放棄して次の順位に誰もいない場合は、渡す相手が存在しないので1の道が閉じる。
清算人を立てるといくらかかるか。裁判所の案内にある実費
全国共通の案内では、収入印紙800円分、連絡用の郵便切手、官報公告料5,582円。清算人の管理費用や報酬に不足が出る可能性がある場合は、申立人が相当額を予納金として納付することがあるとも書かれている。
相当額は各家庭裁判所の手引きに出ている。大阪家庭裁判所の相続財産清算人選任申立ての手引きは、管理費用および清算人報酬としておおむね100万円程度を予納してもらうとしている。
| 費目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 収入印紙 | 800円 | 全国共通 |
| 郵送料 | 2,000円程度 | 大阪家裁本庁を切手で納める場合は1,220円 |
| 官報公告料 | 5,582円 | 裁判所の案内にある定額。申立て後に納付 |
| 予納金 | おおむね100万円程度 | 金額は事案に応じて裁判所が決定 |
大阪家裁の手引きは、清算人の報酬等の原資となり得る財産が預貯金の形で管理される状態になれば後に返還されるとし、そうした財産が形成されない場合は全額または一部が返還されない場合があると明記している。
清算人が選任されると、家庭裁判所は相続人がいるなら権利を主張すべき旨を公告し、その期間は6か月を下ることができない(民法952条2項)。清算が終わって処分されなかった財産は国庫に帰属する(民法959条)。
同じ手引きには、一定の期間を経過しても遺産(特に不動産)の売却ができない場合には選任審判が取り消される場合があるという記載もある。
実際に清算人まで行く人はどれくらいいるか
裁判所の令和6年司法統計年報の家事編(第3表)から、2024年に全国の家庭裁判所が新たに受け付けた件数を並べる。
| 事件 | 2024年の新受件数 |
|---|---|
| 相続の放棄の申述の受理 | 308,753件 |
| 相続財産清算人選任等(相続人不分明) | 28,331件 |
| 相続の承認又は放棄の期間の伸長 | 9,791件 |
放棄した人が自分で100万円前後を出して清算人を立てた件数は、この28,331件よりさらに小さいことになる。
占有していなければ940条の保存義務は生じない。
自治体の側から動く筋もある。空家法14条1項は、市町村長が空家等の適切な管理のために特に必要があると認めるときは、家庭裁判所に相続財産の清算人の選任を請求できると定めている。国の基本指針(2023年12月13日改正)も、相続放棄された空家等について早期にこの制度の活用を検討することが望ましいと市町村に示している。
固定資産税はいつ止まるか。1月1日と市区町村への連絡
固定資産税は毎年1月1日の賦課期日で決まる。地方税法343条2項は、登記簿上の所有者が賦課期日前に死亡しているときは、同日にその土地または家屋を現に所有している者を所有者とすると定めている。名義が被相続人のままでも課税は止まらない。
放棄が受理されていれば、その人は現に所有している者に当たらない。ただし市区町村は放棄の情報を自動で受け取らないので、相続人と推定される人へ通知が向かうことがある。群馬県板倉町は、相続人全員が放棄して相続人がいない場合は、相続人代表者の届出書の代わりにこの写しを提出するよう案内している。
あわせて現所有者の申告制度がある。地方税法384条の3により、市町村は条例で、現所有者であることを知った日の翌日から3か月を経過した日までに住所や氏名などを申告させることができる。横浜市は登記簿上の所有者が亡くなった場合に3か月以内で必要としている。
放棄せずに持ち続ける側の税額は空き家の固定資産税が6倍になる条件と回避の順番に分けてある。
自治体の措置は、放棄した人に向くのか
空家法は措置の相手方を所有者等と書いている。5条が空家等の所有者または管理者をまとめて所有者等と定義し、管理不全空家等への指導と勧告(13条)も、特定空家等への助言・指導、勧告、命令、行政代執行(22条)も、この所有者等に向かう。
放棄していても占有が続いていれば、市区町村からの働きかけの相手方になり得る。占有者がいない場合は、略式代執行や相続財産清算人制度の活用が想定されるとしている。
2025年3月31日時点、1,741市区町村を対象にした2024年度の数字になる。
- 管理不全空家等への指導 2,545件(151市区町村)、勧告 378件(40市区町村)
- 特定空家等への勧告 600件、命令 101件
- 行政代執行 71件、略式代執行 81件、緊急代執行 9件
略式代執行は制度開始からの累計で592件。全国の空き家の数と比べれば極端に小さいが、小さいから自分の家は当たらないとは読めない。
放棄の代わりに検討される出口と、空き家での成否
相続放棄の比較対象として必ず出てくるのが、2023年4月27日に始まった相続土地国庫帰属制度になる。ただし空き家では、入口で条件が合わないことが多い。
- 申請できるのは相続または相続人に対する遺贈で土地を取得した人。放棄した人は使えない
- 建物がある土地は申請できない。却下要件として法務省が明示している
- 審査手数料は土地1筆当たり14,000円
- 承認されたら負担金を納める。法務省の説明では、宅地や田畑、雑種地などは20万円が基本で、市街化区域や用途地域が指定された地域の宅地と農地、森林などは面積に応じて算定する。納付は通知が到達した日の翌日から30日以内になる
建物付きの実家は、解体してからでなければ土俵に乗らない。
相続して手元に置く前提なら、出口は売る、貸す、解体する、寄付を打診するの4つで、どれも相手が要る。買い手が付かない、自治体が引き取らないという結果は普通に起きるので、放棄の期限である3か月で全部を確かめきれることは少ない。
放棄という選択肢が、こちらには残っていなかった
編集部の運営者は沖縄の傾斜地を相続した。売却、寄付、国庫帰属と一つずつ当たり、どれも成立せず、いまも保有している。固定資産税は年に約7万円出ていく。
放棄は相続した後から戻れる制度ではない。出口を探し始めた時点で3か月は過ぎていて、選べるのは持ち続けるか手放すかの2択だった。
農地や山林が混ざっている場合は出口の作り方が変わるので農地は相続放棄できる?放棄後も残る管理義務の話で分けている。
放棄を選ぶ前に確かめる5つ
- 期限。自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、承認か放棄かを決める(民法915条1項)。調査が終わらない場合は家庭裁判所に期間の伸長を申し立てられる
- 対象。放棄は財産を選べない。空き家だけ外して預貯金を受け取ることはできない
- 撤回できない。承認と放棄は3か月の期間内であっても撤回できない(民法919条1項)
- 動かすと放棄できなくなることがある。相続財産の全部または一部を処分したときは単純承認をしたものとみなされる(民法921条1号)。家財の売却や解体の契約は、放棄の前には触らない
- 次の順位への影響。自分の放棄で相続権が移る相手がいる。連絡しないまま進めると、その人の3か月が削られる
放棄そのものの費用は、申述人1人につき収入印紙800円分と連絡用の郵便切手になる。切手の額は裁判所ごとに違い、東京家庭裁判所の案内では110円を4枚で合計440円分。戸籍謄本の取得費用と専門家への報酬は別にかかる。
死亡保険金は受取人が指定されていれば、放棄した人でも受け取れる。ただし国税庁の説明では、500万円に法定相続人の数を掛けた非課税限度額が使えるのは受取人が相続人である場合で、放棄した人は含まれない。法定相続人の数は放棄がなかったものとして数える。
| 内容 | 相談先 |
|---|---|
| 放棄できるか、占有に当たるか、処分に当たるか | 弁護士 |
| 相続税がかかるか、申告が必要か | 税理士 |
| 相続登記、名義の確認、戸籍の収集 | 司法書士 |
| その年度の固定資産税の扱い、現所有者の申告 | 市区町村の課税担当 |
| 空き家の状態への苦情、指導や勧告の有無 | 市区町村の空き家担当 |
